2013/02/27

大久野島 (その2) ~ 広島県竹原市

発電所跡にやって来ました。
昭和8年頃に奥の小さな建物が造られ、翌年に手前の大きな建物が拡充され現在の形になったそうです。

壁に書かれている「MAG」はマガジンの略で、朝鮮戦争時にアメリカ軍が弾薬庫として使用していた時に書かれました。

窓ガラスはすべて割れています。

中は巨大な空間が広がっていて、隅には2階建ての事務所棟(?)があります。

サビサビの階段で2階に上がってみました(おすすめしません)。



ここにも当然ウサギがいました。

次は北部砲台跡に向かいます。

つづく。








2013/02/25

大久野島 (その1) ~ 広島県竹原市

大久野島は瀬戸内海に浮かぶ小さな島ですが、「毒ガス島」、「地図から消えた島」などと呼ばれています。明治時代には「芸予要塞」として砲台が3箇所、計16門設置され、日露戦争後には陸軍の毒ガス工場が建てられました。

島には国民休暇村があるので、そこでレンタサイクルを借りて島を散策することにしました。
行く直前まで知らなかったのですが、大久野島は「ウサギの島」でもあります。立ち止まると餌を求めてワラワラと寄ってきます。

毒ガスの研究所跡。 薬品庫としても使われていたそうです。


検査工室跡。 毒ガス製品のの管理や検査が行われていました。


南部砲台跡。 3箇所の砲台跡の中では最も小規模で24cm砲4門と9cm砲4門が置かれていたそうです。




 海水タンク跡。海水を蒸留して、工場用水、生活用水として使っていました。


 旧桟橋。



旧桟橋から振り返ったところに、廃墟ファンの間で有名な発電所跡があります。

発電所跡では我を忘れて写真を撮ってしまいました。

「その2」に続きます。

2013/02/03

大谷堰堤 ~ 山口県下松市


山口県下松市にある大谷堰堤は堤高27.3メートル、堤長59.1メートルの石張りコンクリートダムで、昭和13年に竣工しました。
当初は農業用の溜池ダムとして造られましたが、現在は日立製作所の笠戸事業所の所有となっています。

下松の市街地から約2kmと比較的近い場所にあります。
国道からダムに向かう道は途中で舗装がなくなったので、墓地に車を停めて歩いて向かいました。

 天端に着きました。笠戸島(?)が見えます。


江畑溜池堰堤とよく似た取水塔。

「鮎川義介」と名前があります。調べたところ日産コンツェルンの創始者で、日立製作所もその傘下にあったそうです。

来た道を少し戻って堰堤の下まで来ました。
御影石の切石で仕上げられた立派な堰体。こちらもデザインは江畑溜池堰堤とよく似ています。

これで今回行った山口県のダムは最後です。こうして振り返ってみると、今回の旅ではダムが多かったなぁと改めて思います。広島県と香川県でもダムを見てきたので、追々紹介したいと思います。