2013/09/22

安積疎水十六橋水門 ~ 福島県耶麻郡猪苗代町・会津若松市

明治12年に郡山の安積原野に猪苗代湖から水を引くために安積疎水の開削が始まりました。
その最初の事業として猪苗代湖の水位を調整する目的で十六橋水門が造られました。

当初は石造りの橋を兼ねた水門でしたが、大正3年に電動式ストーニーゲートに改築され、隣に新たに十六橋が架けられました。

水位標

旧管理事務所

安積疎水事業に大きく貢献したオランダ人土木技師ファン・ドールンの銅像。
第二次世界大戦で原料の確保のために供出されそうになったこの銅像を、地元の農民たちが地中に埋めて隠し、戦後に掘り出して守ったそうです。

昭和3年に架けられた十六橋。名前とは異なり18径間の鋼管柱橋脚の橋です。







2013/09/12

山形県鶴岡市の近代建築

山形県の鶴岡市は江戸時代には庄内藩の酒井氏の城下町として栄えました。
明治11年(1878年)に郡制度が施行され、鶴岡は西田川郡となり、郡役所が置かれました。
その郡役所が「致道博物館」に移築されています。

旧西田川郡役所 (明治14年) ※国重要文化財

旧鶴岡警察署庁舎 (明治17年) ※国重要文化財
同じく致道博物館内に移築されています。
平成25年9月より5年間 解体修復工事に入るそうで、荷物を運び出していました。

大寶館 (大正4年) ※市指定有形文化財
鶴ヶ岡城跡に大正天皇の即位を記念して建てられました。



鶴岡カトリック教会 天主堂 (明治36年) ※国重要文化財


旧鶴岡町消防組 第八消防ポンプ庫 (大正9年) ※国登録有形文化財
現在は公衆トイレとして利用されています。


寛明堂写真館 (昭和4年)

木村屋 (昭和元年)
パン屋さんとして創業し、屋号は東京銀座木村屋から暖簾分けをしたそうです。

鶴岡市水道局 第一水源送水ポンプ室 (昭和8年)



東田川文化記念館のある藤島地区は元々東田川郡藤島町でしたが、平成17年に合併して鶴岡市になりました。

旧東田川郡役所 (明治20年) ※県指定有形文化財
この建物は2代目で初代は西洋建築だったそうです。

旧東田川郡会議事堂 (明治36年) ※県指定有形文化財

とりあえず今回見てきたのはこれだけです。

2013/09/09

万世大路 栗子隧道 (福島方) ~ 福島県福島市


万世大路探索の続きです。

二ツ小屋隧道を過ぎたあたりから、雑草が増えてきました。
また靴の中まで濡れる可能性大です。

5分ほどで鳥川橋に到着。
昭和9年竣工のこの橋も草木に侵食されようとしています。

鉄筋がむき出しになった欄干。

鳥川橋を出発してすぐに目の前にこんな光景が。道がなくなっています。
左手にヘアピンをショートカットする形で道ができていたので、そちらに進みます。

スタート地点から1時間半、ようやく大平集落跡に到着しました。
痕跡は全くありませんが、ここには集落があったそうです。
以前はここまでが四輪で来れる限界だったようです。
この先には道幅が30センチ程度しか残っていない一本橋状態の場所があるからです。

車が入ってこないのでここからヤブがひどくなってきます。
一本橋も徒歩なので難なく通過、というか雑草でよくわからず。
10分ほどで大平橋に到着しました。

この大平橋からが地獄でした。行く手を阻むヤブが半端じゃ無いです。
甘く見ていました。比較的マシなところで動画を撮ったので見て下さい。


照りつける太陽、まとわりつく虫、背丈ほどのヤブや足元のぬかるみと闘いながら、ボロボロの状態で杭甲橋に到着。
橋の先は例のごとくジャングルになっていますが、もうやけになっているのでカメラと飲み物以外の荷物を置いて突撃します。
ここからはヘアピンが続きます。目指す栗子隧道までもう一息。

杭甲橋を出発して15分、ついに見えました!
約2時間半、長かった。疲れが吹き飛ぶ瞬間です。

山形側と比べると比較的きれいな福島側の坑口。
冠水していて中には入れませんでした。

扁額には昭和十年三月竣工と刻まれています。

別の角度から。意匠はシンプルですがものすごい存在感です。

 帰りもまた同じ道を通るのですが、栗子隧道を見ることが出来た満足感と、一度通っているという安心感でスイスイ(ではないけれど)戻ってきました。

帰りに二ツ小屋隧道でライトを点けようとしたら電池が切れていました。ずっと点けっぱなしだったようです。
二ツ小屋隧道の入口にペットボトルが落ちていました。飲み物が一本なくなっていると思ったらここで落としていたようです。すでにぬるくなっていました。

林道のところまで来て国道を走る車の音が聞こえてきた時は本当にホッとしました。
全行程4時間半かかりましたが、熊に遭遇することもなく無事にスタート地点まで戻ってきました。


道のりは厳しかったけれども万世大路はロマンあふれる旧道でした。
しかし、夏に訪れることはもうないでしょう。

2013/09/08

万世大路 二ツ小屋隧道 ~ 福島県福島市


山形県側の栗子隧道へ行った翌日、福島側のスタート地点に来ました。
現国道13号の東栗子トンネル福島側の坑口のところで工事をやっていて、そこに登山道の入り口があります。

入口には「熊出没注意」の看板と熊鈴が・・・。
しかも「単独で山に入らないこと」の文字が・・・。
不安になりつつも、栗子隧道へ行きたいという気持ちのほうが強く、出発しました。

工事現場の上まで登ってきました。
中央の白い建物の場所が東栗子トンネルです。

ここから本格的に林道が始まります。この林道を登って行くと旧国道に合流します。
地図上で栗子隧道までの距離を測ったところ、大体7km位でした。

ここには昔、「飯坂スキー場」というゲレンデがあって、この林道はその管理道路だったらしいです。
林の中にロープウェイの遺構が残っていました。

1kmほどで旧国道13号に合流しました。
石垣が昔国道であったことを物語っています。

さらに1km位歩くと二ツ小屋隧道が見えてきました。
スタートから30分程度です。

昭和9年に竣工で、全長は384mあります。

 トンネル内部は舗装されていて意外と歩きやすかったです。

出口付近は一部崩落していて冠水していました。

 反対側までやって来ました。
突然霧がトンネル内から湧き出てきたので、こんな写真になってしまいました。

 とりあえず最初の目的地である二ツ小屋隧道まで来たのですが、普段山菜採りなどの車が通るせいか道も歩きやすかったです。

昨日の山形側より距離はあるけれども楽勝かもしれないな、と思っていました。

この時点までは・・・。


つづく。



2013/09/05

万世大路 栗子隧道 (米沢方) ~ 山形県米沢市

国道13号線の山形県米沢市と福島県福島市を結ぶ区間は「万世大路」と名付けられています。
ここには栗子峠を越える旧道部分が存在します。

この旧国道13号線の県境にある栗子隧道に行ってきました。
実は以前にも行こうとしたのですが、その時は情報不足で旧道の入口がわからず断念してしまいました。
 
今回はバッチリ迷うことなくスタート地点までやって来ました。
ここまで来るには採石場の敷地内を通らなければいけないのですが、事務所から出てきた方に親切に行き方を教えていただきました。
瀧岩上橋をAM7:00ジャストに出発。ここから4.1km歩いて行きます。

道中には 標柱がいくつか立っていました。
この先、7つのヘアピンカーブがあるそうです。

 このような九十九折が続きます。

お茶屋さんの跡。昔の人はここで峠越えの疲れを癒していたのでしょうか。

 小さな橋がありました。米沢方の道中で見かけた唯一の構造物です。
この辺りでだいたい半分くらいのところまで来ました。

 半分を過ぎたあたりから標柱も見当たらなくなり、目の前の道をひたすら登り続けます。
だんだん足元も雑草で歩きづらくなってきました。



朝露で靴の中までびちゃびちゃになりながらも、AM8:02に栗子隧道に到着。約1時間で来れました。
写真の右が明治に掘られた初代栗子隧道の坑口で、左側が昭和の2代目の坑口です。

 素掘りで掘られた初代栗子隧道の坑口。長さは876mで戦前最長の道路トンネルでした。
損傷が激しいですが、当時は馬車が通るには十分な広さがあったそうです。

昭和8年に自動車の通行を可能にするために改修工事が始まり、昭和11年に2代目の栗子隧道が完成しました。

こちらもかなり傷んでいますが、扁額はきれいに残っていました。

中をのぞくと入口から十数メートルのところで落盤していました。恐ろしい。

 予定では午前に山形側、午後に福島側という計画を立てていたのですが、無理は良くないと思い、福島側は翌日に行くことにして、この後は伊達市や福島市の近代建築を見に行きました。

福島編に続く。