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2018/02/04

旧舞鶴要塞跡(その2) 〜 京都府舞鶴市

舞鶴の市街地を抜けてやって来たのは槙山というところです。 ここには山頂付近の「槙山砲台跡」と途中から分岐路を進んでいく「金岬砲台跡」があります。
山頂までは4.9km、車で行けるという情報だったのでこのまま車で山道を上っていきます。

しかし! 山頂まであと一息というところで雪に行く手を阻まれてしまいました。 ノーマルタイヤのレンタカーでこれ以上進むのは危険なので、ここでUターンして安全な場所に車を停めて徒歩で行くことにしました。 写真からUターン時の苦労が伝わりますでしょうか(笑)

こんな感じの山道を登っていきます。 雪にはポツポツと動物の足跡らしきものが見えるのですが、たまに大きめの足跡もあってちょっと用心しながら行きました。

槙山砲台跡  明治33年
15分ほど歩くと砲台跡が見えてきました。砲台跡は道路沿いに並んでいて、掩蔽部の間に砲座跡があります

砲座跡は雪に埋もれていたので周りの壁だけ。

三連のものもありました。3つの部屋は中でつながっていなくて独立しているタイプでした。

砲台の近くにはパラグライダーのランチャー台がありました。 奥に見えるのが舞鶴の市街地です。

槙山砲台跡を後にして車まで戻り、来た道を引き返します。 するとカーブミラーのあるヘアピンカーブに車を停められるスペースがあるので、そこに駐車して歩いて金岬砲台跡へ向かいます。 車の奥に見える倒木のあるところがかつての軍用道の入口です。

小雨の中、幾つもの倒木を乗り越えて20分ほど歩きます。 道は平坦なのでそんなに苦労はしませんでした。 途中道が崩れているところもありましたが、ロープが張ってあったのでそれにつかまれば問題ありません。

対岸には舞鶴発電所が見えます。午前に訪れた葦谷砲台跡はあの辺りです。

金岬砲台跡  明治33年
着きました! 入口にはコンクリート製の門柱が建っています。

道なり(?)に進んでいくと最初に目に飛び込んでくる場所。

更に進むと5連の掩蔽部があります。 ここは奥の通路でそれぞれがつながっていました。

 砲座の近くには地下式の部屋もあります。 弾薬庫でしょうか。

石造りの壁で囲まれた砲座跡。おそらく全くそんな事は考えていなかったと思いますが、煉瓦や石で造られた明治期の構造物は自然と調和して素晴らしいです。

井戸と貯水槽?

司令室だったと思われる場所。

さらにさらに進んでいくと今度は2連の掩蔽部。 ヤブの中から次から次へと遺構が姿を現します。

そして煉瓦の壁があるこの場所で行き止まりのようでした。 なんとなく見落としている所があるような気もするのですが、これでひと通り見て周りました。 この日訪れた中ではここが一番見ごたえがあったと思います。



このあとはもう一つ建部山堡塁にも行こうと思っていたのですが、あちらはハイキング道しか無いらしく、今から登ったら帰りには日が暮れてしまうと思い、断念しました。 いつになるかはわかりませんが、また日を改めて訪れることにしましょう。







2018/01/21

旧舞鶴要塞跡(その1) 〜 京都府舞鶴市

今回の旅では舞鶴の軍港関連の遺産もいくつか見てきました。それらの施設はかつて鎮守府が置かれていた横須賀・呉・佐世保の施設と共に文化庁から「日本遺産」の認定を受けています。

今回はその中から旧舞鶴要塞跡を紹介したいと思います。 とは言っても、数多く残る遺構のうち今回探索することが出来たのは、3つの砲台跡だけです。

葦谷砲台跡  明治32年
最初に向かったのは大浦半島の西側にある葦谷砲台跡です。 目印としては舞鶴発電所を目指せば良いと思います。僕は間違えて(ナビのせい)舞鶴ふるるファームの脇の道から行ったので、廃道のような所を結構歩かされました。

ここが要塞跡の入口です。 右のトタンでできたトイレも結構古そうでしたがいつ頃造られたものでしょうか 。

最初に現れる4つの掩蔽の入口はコンクリートで塞がれてしまっています。

 真ん中の切通を進んでいくと奥に扉付きの掩蔽が見えてきました。 撮影かなにかで使用するために再現したのでしょうか? ドアノブは木で出来ていてちゃんと開閉出来ました。

 左へ進んでいくと更に掩蔽があり、その隣に砲座の跡があります。

 奥の部屋はL字型に2部屋ありましたが、ボロボロ状態でした。

 反対側にも同じような造りになっています。

で、中は同じようにボロボロ。

階段で上に登ると展望台らしきものと司令室と観測所の跡がありました。 枯れ葉でよく見えませんが。

この後、赤レンガパークなどを見てから対岸の槙山砲台跡へ向かいました。

続く




 

2016/03/05

旧佐世保要塞(その3) 〜 長崎県西海市

前回の俵ヶ浦町の要塞を見た次の日に、今度は佐世保市から車で40分ほどかけて西海市にやって来ました。 

石原岳堡塁  明治32年
ここは砲台跡全体が「石原岳森林公園」として整備されています。 前回の要塞群と違って廃墟的雰囲気は少なく、散策しやすい場所でした。

キャンプなども出来るように要塞の一部を利用して炊事場が設置してありました。ここでキャンプをしたら夜中の肝試しが盛り上がりそうです。ちゃんとトイレもあります。

スロープの下にはずらりと並んだ地下棲息掩蔽部。 ここでは煉瓦は使用されておらず、すべてが切石とコンクリートによって造られていて重厚な雰囲気を醸し出しています。

入口上部にはやはり部屋番号が刻まれています。中は空っぽでした。

一番奥の部屋だけ何かの貯蔵庫として利用されているみたいです。

 中央の階段を上ると、そこにもこのような地下棲息掩蔽部が3ヶ所あります。

 そして一番高い所に設けられた砲台跡。 こちらも3ヶ所あります。 今では自然と一体化してテントスペースのようになっていますが、ちゃんと弾室も残っています。

最後に石原岳堡塁の最大の特徴である側防窖室を見に行きます。 最初の地図で左上に描かれている場所です。 これは濠に侵入してきた敵を穴から銃口を出して掃射するというものです。 中がどうなっているのか気になりますが入口が見当たりません。

先程のスロープを下りた場所にあるここが入口のようです。真っ暗…。 ここ行かなくちゃダメなんですか…。

スマホの明かりを頼りに進むこと数十メートル。 入口方面を振り返ってみました。 道は緩い下り坂になっています。

突き当りに来ました。 階段で左右の部屋に上がれるようになっています。真っ暗すぎてカメラのAFも合焦しないので、スマホのライトで照らした場所にピントを合わせるという荒業です。

 中はこんな風になっていました。 こちらは右の部屋です。 奥には小さな部屋があります。

左の部屋。 左右とも造りは同じようです。

銃眼を覗いてみました。 思っていたより視界は狭いです。

地図上で右上にある反対側の側防窖室。 こちらは1室のみで出入口は地上に設けられています。

防御機能を備えた要塞ということで結構規模の大きいものですが、立ち入り禁止箇所もなく、自由に見学することが出来てオススメです。

懐中電灯を忘れずに!