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2019/09/16

2019 北海道ツーリング 〜 その6

・8月16日  美幌町〜北見市〜遠軽町


夜中は強風が吹き荒れてテントが壊れないか心配でした。 それに加えて隣のファミキャンのテントが崩壊しそうになったらしく、夜中の3時にカンカンとペグ打ちを始めて参りました。
寝不足気味ですが、今日は今回の旅で一番近代建築を見て周る予定なので、気合を入れて出発します。

美幌町から北見市まではおよそ30kmくらいなのですが、北見市の「北見ハッカ記念館」が9時にならないと開館しないので寄り道をします。
美幌町から南に50kmくらいにある陸別町の「旧陸別駅転車台」に来ました。 この転車台は明治42年に製造されたもので、「旧網走線開業時の鉄道施設群」として土木学会選奨土木遺産に認定されています。

再び50kmほど北上して北見市に来ました。 最初に「北見ハッカ記念館」を見学します。 この建物は「ホクレン北見薄荷工場」の研究室として昭和9年に建てられました。 全盛期の北見のハッカは世界市場の70%を占めていたそうで、その繁栄ぶりがうかがえます。

同じく北見の市街地にある「ピアソン記念館」です。 大正3年にピアソン宣教師の住宅としてW.M.ヴォーリズの設計で建てられました。 中にはピアソン夫妻やヴォーリズに関連した資料が展示してあります。

お次は北見の市街地から少し離れた「仁頃はっか公園」に保存されている「ハッカ御殿(旧五十嵐家住宅)」。 ハッカの仲買で財を成した五十嵐弥一の住宅です。 

北見市から遠軽町に移動してきました。 
国道242号線を走っていると目にとまるのが「日本キリスト教会遠軽教会」です。 昭和6年竣工の建物ですが、近年改修されたのでしょうか、非常に綺麗な外観です。

そのすぐ近くには煉瓦造りの「青山商店」。

平和山の麓にある田上義也設計の「北海道家庭学校本館」。 昭和34年に建てられました。 「家庭学校」の響きから、女子が裁縫や料理を学ぶような所だと勝手に思い込んでいましたが、男子のみの児童自立支援施設でした。
中を見学できないかとお願いしてみたのですが、案内する人間がいないのでと断られてしまいました。 アポ無しなので仕方ありません。※HPに見学の際は事前に連絡して下さいと記載されていました。 ごめんなさい。
 
本館から更に奥へ進むと大正8年竣工の「北海道家庭学校礼拝堂」があります。 森の中に佇む姿はどことなく軽井沢を連想させます。 国登録有形文化財に指定されています。

敷地内で見つけた古そうな建物。 とりあえず写真を撮っておいたのですが、HPによると昭和9年竣工の「古稀記念文庫(図書館)」だそうです。

もう一つ田上義也設計で昭和38年竣工の「博物館(旧桂林寮)」というのがあったのですが、あまり古そうに見えなかったので写真を撮り忘れてしまいました。 もともと計画では遠軽町まで来る予定はなかったので、下調べ不足でした。


ここから旭川市まで大移動するわけですが、途中で遠軽町の丸瀬布(まるせっぷ)地区に寄り道です。
昭和17年竣工の「丸瀬布木工体験交流館(旧丸瀬布営林署事務所)」。
駅の近くで見つけた古そうな建物。会社の事務所か何かでしょうか?


旭川には夕方までに着いてちょっとだけ散策できればいいかなと思っていましたが、この時点でまだ13時。 意外と旭川市内も色々と見て回れるかもしれません。

というわけで次回、旭川編に続きます。

2019/09/09

2019 北海道ツーリング 〜 その5

・8月15日  別海町〜網走市〜美幌町


朝7時にならないとキャンプ場がチェックアウトできなかったので、いつもよりのんびりとした出発です。
今日は網走に向かうか道東にとどまるか決めかねていたのですが、どうやら16日は北海道全体で降水確率が高そうなので、それまでに出来るだけ西へ戻るという作戦にしました。

というわけで、今日は道東をちょっとだけ周って網走に向かいます。 
朝一番でやってきたのは野付半島。 近代建築などはないのですが、細長い半島の道路の両側が海という珍しいスポットです。 
せっかく来たので「トドワラ」と呼ばれる立ち枯れしたトドマツの見える場所まで歩いてみました。
途中では野生のシカが食事中でした。
 野付半島ネイチャーセンターから歩いて20分ほどで到着。 いかにも「最果ての地」といった感じです。 この立ち枯れの木も年々減っているそうで、今では数えるくらいしか残っていません。

中標津の町にやって来ました。「伝成館(旧北海道農事試験場根室支場庁舎)」と、その附属施設である「旧北海道農事試験場根室支場 農具庫」です。 どちらも国登録有形文化財に指定されています。 「伝成館」の方は大きく改修されているようで、被写体としてはイマイチでした。


この後は開陽台から摩周湖へ、そこから北上するという絶好のツーリングスポットを通ったのですが、小雨混じりのあいにくの天気。 合羽を着込んで摩周湖に向かうと、「霧の摩周湖」ならぬ「濃霧の摩周湖」。 初日の磐梯吾妻スカイラインに負けないくらいの濃い霧に包まれていました。 これだったら羅臼の方に向かって海岸線を通った方が良かった…。

ところが、小清水のあたりまで北上するとまさかの晴天。 合羽を脱ぎ捨て、網走の「網走市立郷土博物館」に着く頃にはご覧のように青空が広がっていて暑いくらいでした。
この博物館は昭和11年に田上義也の設計によって建てられました。 田上義也の建物は去年の小樽でもいくつか見ましたが、それらと比べるとちょっと趣が違います。 
外観からはフランク・ロイド・ライトっぽさはあまり感じませんでしたが、中は随所にライトの影響を感じさせるようなデザインがあって見事でした。

お次は網走といえばここ!  博物館「網走監獄」です。「明治の五大監獄」の一つで奈良監獄や千葉監獄などと同様に山下啓次郎が設計しています。 ←網走監獄は含まれていませんでした。訂正します。
この「正門」は大正13年に建てられたものです。 ちなみに入り口に立っているのは人形です。
重要文化財に指定されている明治45年竣工の「旧網走監獄 庁舎」。 
 「旧網走刑務所 二見ヶ岡刑務支所」は収容者が作物の管理から収穫までを行う農場でした。 庁舎、舎房、教誨堂・食堂、鍵鎖付着所、炊場の5棟から成っていて、重要文化財に指定されています。
明治45年竣工の「旧網走監獄舎房及び中央見張所」。  八角形の見張所から放射状に5棟の舎房が伸びる構造は明治村に移築されている「旧金沢監獄」とよく似ています。 こちらも重要文化財に指定されています。 あ、右下の写真に写っているのは人形です。
登録有形文化財に指定されている建物たち。
裏門・煉瓦造り独居房
哨舎・哨舎2
 最後に明治45年竣工の「教誨堂」、重要文化財です。 ここでは囚人たちに精神的・倫理的・宗教的な指導が僧侶や牧師達によって行われました。
ものすごく良い建物だったのですが強力な逆光によって失敗写真になってしまいました。


「網走監獄」を見終わって美幌町のキャンプ場へ向かう途中でいくつか寄り道をしました。

「メルヘンの丘」
 「旧美幌第二航空基地 掩体壕」
女満別のひまわり畑

 美幌町の「美幌みどりの村森林公園キャンプ場」に着きました。 空いていて良かった。

テントを張り終え、お風呂に行こうと場所を調べていると、小学校低学年の女の子に話しかけられました。
女の子「なにしてるのー?」
自分「お風呂屋さんの場所を調べてるんだよ」
女の子「へー、今日とまるのー?」
自分「そうだよ」
女の子「テントどれー?」
自分「あそこの緑のやつ」
女の子「えー、ちっちゃーい」
自分「…」


本日の走行距離:291km

つづく